「3倍」の出どころは、スタンフォード大学などのスマホの研究
「話すのは打つより3倍速い」という数字の出どころとして、いちばんよく引かれるのは、スタンフォード大学などの研究です。2016年に査読前の版が出て、2017年に査読を経た版が学術誌に載りました1。
| 査読前の版(2016) | 査読を経た版(2017) | |
|---|---|---|
| 参加者 | 32 人(英語 16・中国語 16) | 48 人(英語 24・中国語 24) |
| 英語 | 3.0 倍 | 2.93 倍 |
| 中国語 | 2.8 倍 | 2.87 倍 |
引くなら査読を経た 2017年の版です。数字は少し下がりますが、ほぼ「3倍」と言ってよい結果です。
ただし、確かめられたのは「スマホで短い文を書き写す」場合だけ
この研究の数字を読むときは、何を測ったかに気をつける必要があります。
- スマホの画面のキーボードとの比較: 機械は iPhone 6 Plus。パソコンのキーボードではない
- 見せた短い文を、そのまま書き写す課題: 自分で考えながら書く文ではない
- 静かな部屋で、座って行った
- 誤りは、途中で直した数は音声の方が少ない(5.30% 対 11.22%)が、最後に残った誤りは音声の方が多い(1.30% 対 0.79%)
パソコンで、自分で考えた文を書く場面で 3 倍かどうかは、この研究からは言えません。
パソコンでは、別々の研究を組み合わせて約 3.8 倍(目安)
パソコンで打つ速さについては、16 万 8,960 人が英語の文を書き写した、大規模な記録があります2。
- 平均は 1分あたり 51.56 語(標準偏差 20.20)
- 上位 1 割は約 78 語以上、下位 1 割は約 26 語未満
- 参加者の 85% が英語を母語とし、ほとんどが QWERTY の配列
一方、英語の会話の速さは、電話の会話 2,438 件を調べた研究で、平均 1分あたり 196 語でした3。
この二つを割ると、196 ÷ 51.56 ≒ 3.8 倍になります(計算)。ただし、測った人も課題も違う英語の二つの研究を組み合わせた値で、目安以上のものではありません。
日本語で、今の音声認識を使って話すと打つを比べた研究は見つからなかった
日本語で、今の音声認識を使って、話す速さと打つ速さを同じ人・同じ課題で比べた研究は、見つかりませんでした。2014年ごろの比較の実験はありますが、認識率が約 77% と今とは前提が違うため、ここでは比べる材料に使っていません。
別々に測った数字はあります。
| 数字 | 出どころ | |
|---|---|---|
| 話す速さ(講演など自然な話し方) | 1 秒あたり 8.01 モーラ | 国立国語研究所の話し言葉コーパスの予備的な分析4 |
| 話す速さ(読み上げ) | 1 秒あたり 7.11 モーラ | 同上 |
| 打つ速さ(ワープロ検定 1 級の合格の線) | 10 分で 700 字(1 分 70 字) | 日本情報処理検定協会5 |
モーラは「か」「っ」「ん」のような、日本語の音の一拍です。漢字かな交じりの字数とは一致しないので、この二つはそのままは割れません。また、検定の字数は合格の最低の線で、平均ではありません。
日本語は、打つときにかなを漢字に変換する手間が加わります。英語より打つのに時間がかかる分、話す方が有利になりやすいと考えられますが、変換の手間そのものを測った公開の研究は見つかりませんでした。
同じ内容を話す時間は、言語が違ってもあまり変わらない
17 の言語の話す速さを、同じ内容の文章の音読で比べた研究があります6。論文の補足データから、言語ごとの値を計算しました。
話す音節の速さは、言語によって 2 倍近く違います。日本語はいちばん速い側です。ところが、1 音節が運ぶ情報の量をかけた「情報の速さ」で見ると、差はずっと小さくなります。
つまり、同じ内容を話すのにかかる時間は、言語が違ってもあまり変わらないということです。速く話す言語は 1 音節あたりの情報が少なく、ゆっくり話す言語は多い、という関係があります。
ここから言えるのは、話す側の時間は言語でそれほど変わらないことまでです。この研究が測ったのは音読での情報の速さで、打つ速さや入力の速さではありません。打つ側の速さは、文字と入力の仕方(かな漢字変換・ピンインの変換・ハングル・アラビア文字など)で大きく変わるはずですが、英語と中国語のほかは、大勢で測った公開の数字が見つかりませんでした。
英語・中国語のほかに、話すと打つを直接比べた研究は、見つかった範囲では次のものでした7。
- アラビア語: 40 人がパソコンでメールを書いた。訂正を含めて、声の方がキーボードとマウスより約 1.4〜2.3 倍速かった(声の画面には、あいさつなどを入れる命令もあった)
- ヒンディー語: 初心者 20 人。キーボードに声を足すと 2.5 倍速かった(要約で確認。本文の数字は未確認)
「3倍」と言えるのは、スマホの英語と中国語まで
- スマホで、英語・中国語の短い文を書き写す確かめられている(約 2.9 倍)
- パソコンで、英語別々の研究を組み合わせると約 3.8 倍(目安)
- 日本語今の音声認識で、話す・打つを同じ条件で比べた研究は見つからず
- ほかの言語話す時間は言語でそれほど変わらない。打つ速さの数字が足りない
私たちの日本語のページは「話す速さは、打つ速さの約3倍」と書いています。これは数値の出典のページに載せた、話す速さ(1 分 約 340〜440 字)と打つ速さ(1 分 約 70〜120 字)を比べた値です。速さどうしの比べで、文章を書き終えるまでの時間を測った値ではありません。
ほかの言語のページは、こう書き分けました。英語と中国語(繁体字)のページは、「スマホで短い文を書き写したとき」という条件をつけて「約 3 倍」と書いています(中国語は、中国本土の北京語・拼音のキーボードの研究です)。そのほかの 11 の言語のページは、その言語で 3 倍を示す研究が見つからなかったため、倍率を書かず「話す方が、打つより速い」とだけ書いています。言語ごとに測った数字が揃ったら、この記事とページを直します。
SayonaraType
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調べ方
論文の本文・表・公開の補足データを 2026-10-25 に確かめ、数字は原典の値をそのまま使いました。研究どうしを組み合わせて計算した値には「計算」と書いています。私たちが自分で測った数字は、この記事には入っていません。
注
- Ruan ほか(2017)PACM IMWUT 1(4) Article 159(DOI 10.1145/3161187)、表 3。査読前の版は arXiv 1608.07323v1(2016)。中国語の「1分あたりの語数」は、漢字 1.5 字を 1 語として換算したもの。 ↩
- Dhakal ほか(2018)CHI、表 1・表 2。使ったキーボードは、据え置きの物理キーボード 43.8%・ノートパソコンのキーボード 54.15%。 ↩
- Yuan ほか(2006)Interspeech。電話の会話(Switchboard)2,438 件を、会話の時間全体で割った値。会話ごとに 111〜291 語。 ↩
- 国立国語研究所「日本語話し言葉コーパス」の予備的な分析(clrd.ninjal.ac.jp)。著者と件数の記載がないため、目安として扱った。 ↩
- 日本情報処理検定協会「日本語ワープロ検定試験」(goukaku.ne.jp)。誤りは字数から引いて数える。 ↩
- Coupé ほか(2019)Science Advances 5:eaaw2594。17 言語・170 人(各言語 10 人)が、意味のそろった 15 の文章を音読した。言語ごとの値は論文に表がないため、公開の補足データ(InfoRateData.csv)から論文の式で計算した。全体の平均(6.63 音節/秒・39.15 ビット/秒)は論文の値と一致した。 ↩
- アラビア語は Majrashi(2022)The International Arab Journal of Information Technology 19(1)(全文で確認・http://iajit.org/portal/images/Year2022/No.1/19521.pdf・倍率は本文の時間からの計算)。ヒンディー語は Bhikne ほか(2018)IndiaHCI(要約で確認)。 ↩
出典
- Ruan, Wobbrock, Liou, Ng, Landay「Comparing Speech and Keyboard Text Entry for Short Messages in Two Languages on Touchscreen Phones」PACM IMWUT 1(4), 2017(arXiv 1608.07323)
- Dhakal, Feit, Kristensson, Oulasvirta「Observations on Typing from 136 Million Keystrokes」CHI 2018
- Coupé, Oh, Dediu, Pellegrino「Different languages, similar encoding efficiency」Science Advances 5, 2019(補足データ)
- Yuan, Liberman, Cieri「Towards an integrated understanding of speaking rate in conversation」Interspeech 2006
- 国立国語研究所「日本語話し言葉コーパス」の予備的な分析(発話速度)
- 日本情報処理検定協会「日本語ワープロ検定試験」の基準



